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[ 潤子先生の小説・エッセイ ]

『ボン・ボワィヤージュ』

『ボン・ボワィヤージュ』

文芸 シャトル 第五号 発行:三宅千代

終日、フリーな環(たまき)は ルーブル美術館へ向かうべく早朝にホテルを出た。
前日から 何度も何度も行ったり来たりして愉しんだお洒落でリズミカルなシャンゼリゼの通り。
今朝はエッフェル塔の下に、もう一度立ってみる。
昨日はバスで半日市内観光をしたのだが、その昨日にひきかえ、今朝は早朝だということも会って、人影もまばらである。
パリの街の中心を優雅に流れるセンチメンタルでシックなセーヌ川。環はどんよりと曇ったこのパリの空に向って大声を張り上げたい程に満たされた気分でつっ立っていた。
その時である。
「今朝はお一人ですか?」
ふり返ると 昨日環たちの観光バスのガイドをつとめてくれた女性である。
「ホテルにお電話させて頂きました。もうお出かけだと言うことでしたので 多分、この景色をもう一度見たいとおっしゃっておられたのを思い出し、ここに来てみました。」
「でも、どうして私のところに電話を?」
「もう一度お会いしたかったのです。どうしても…」
「私に…ですか?」
「ええ。昨日パリにお着きになって半日観光をなさいましたでしょ?ほんの数時間お伴をさせて頂いただけですのに、どうしても始めて出会えた方のように思えないんです。」
「???……」
しかし、環自身、昨日ガイド役をつとめて貰った以外、全く面識はなかった。
納得のいかない表情で小首をかしげる環に彼女は尚も言葉を続けて
「何かご自分に目標をもって生きていらっしゃる方…、見てて本当に素晴らしいと思います。私など、もうこちらに来て十四年――、ずっとその間ガイドだけで何の進歩もありません。ガイドをさせて頂くたびに色々なお客様と触れ合える事は幸せです。この頃はお客様がどんな方か見抜ける様になりました。長い間の勘のようなものでしょうね。そのことが、かえって禍いしたりすることもありますけれど、反面、とても勉強になります。」彼女の話に耳を傾けている間、固くこわばった環の五感がだんだん弛み始めていた。
「昨日の少年……おぼえていらっしゃいますか?」
「昨日の少年?」
「ええ、あのジプシー少年のこと…」
「ジプシー少年?」
「あらア ご存知なかったんですか?」
「何でしょう、さっぱり心当りが…」
そうでしたか…、と低い声で言うと、彼女はうつむいて言葉をさがしている様子になる。
「何のことだかわかりませんわ。よろしかったらお話しして下さいませんか」
環はいかにも親しみをこめ、身をのり出すようにして、
「ねえ、おっしゃって下さい」
と、彼女の顔をのぞき込む。
「いえ、そんな……大したことでもないんです。」
「だったら尚更……」
と言いかけた時である。彼女は突然すっくと頭を上げ、環の言葉を遮った。
「あなたにお子さんおありですよね。」
「ええ、男の子がひとり…。でももう大きいんです。大学生ですから」
すると彼女の瞳がパーッと輝いた。
「私もいます。ちょっと人見知りをする子ですが 会ってやって下さいますか?」
「私が?」
彼女は環の返事とは関係なしに……とっとと前へ歩き出していた。環もなぜかひかれるように彼女のステップに合わせてその後に従っていた。
「ちょっと車でつき合って下さい。すぐ近くまで……」
環はすっかり彼女に身をまかせている感じであった。シャンゼリゼのファンタジックでまばゆい様な繁華街からマロニエの森の方へ車を走らせ、大統領官邸エリゼ宮の少し手前で彼女はそれをとめた。× × × ×
つかつか…と歩く彼女の足許が急に大肢になった先に、一人のかわいい少年がスケッチブックを広げて腰を下ろしていた。
「私の息子ですの。ひとりっきりの大切な子供です。ちょっと時間をかけて親しくなって頂けると、本当にいい子だということがわかって頂けると思います。」
少年は そんな会話を交わす自分の母親と環のことなど、目にもとめず、一生懸命に何かをスケッチしている様子である。
「この子の、こうした姿を見ていると、一日中だって飽きないんです」
二日前、成田まで環を見送りに来てくれていたひとり息子の悟のことをふと、環は思い出していた。
「母親って、そういうものなんでしょうねえ」
環もいつの間にか すっかり彼女に同調していた。
「ほらミッシェル、昨晩お話しした方よ。あなたに会いに来て下さったの、しかもわざわざよ。多分それはミッシェルが人さまに愛される子だから…。 さあ、ちょっと手を休めて!」
しきりと語りかける母親のことなど一向に見向きもせずスケッチするのに余念がない。
「いいんですよ、そっとしておいてあげましょう」
環は彼女の耳もとに口を寄せるようにして呟やいた。
同時に、無心に筆を運ぶ少年のスケッチブックを ちょっとのぞいてみたい衝動にかられた。

しばらくの間、環は彼の横顔をながめていたが、ゆっくりと彼の背後にまわり、そっと彼の手先に目を落した。
その時――。
環は危うく声をあげてしまうところであった。
そのノートの上には 少なくとも目にうつる景色は何一つ描かれていなかったからである。
曲りくねった太い線。それは、ちょっと変形した虫けらが這ったりしているような…そんな感じのものであった。
でも少年は夢中なのである。その筆先で瞳はりんりんと輝いているのだった。
「変な絵だとお思いでしょ? でもこれでこの子なりのストーリーが語られているのです。」
実は…、彼女はこう言いかけると、ゆっくりと少年の傍から離れ、近くにあるベンチの方へどうぞ、と環を促した。
少年の姿が見届けられる位置で彼女は言葉を続けるのだった。
「昨夜、あなたのことを彼に話して聞かせました。ジプシー少年が近づいて、あなたの向けたカメラの中に自分が収っているのでお金を、と、あれはたかっていたのです。あなたは一生懸命に手まねで言葉を返していました。多分、少年の言葉が通じなかったのとは別に口の中にあめ玉が入っていて言葉が出ないの、ごめんなさい。という意味のことを手ぶりで伝えていらっしゃったと思うのです。それをジプシー少年は、あなたが口の不自由な人、すなわちおしだと判断してしまったようでした。彼等はどんなに幼なくても、心身に弱身を持つ人からは決してたかったりはしないという誇りを持っているのです。身障だと思いこんだあなたに失態を演じたことにあの少年はとても自尊心が傷ついたのでしょうね。どのようにして私を尋ね当てたか知りませんが、彼は夕方、私の許にやって来ました。こんなに恥かしい思いをしたことはありません。きっぱりとこれでジプシーから足を洗いますって…。」
環は瞬間、耳を疑った。
あの少年が…、
あの青い目をした清々しい少年がジプシーだったなんて!
環は本心、彼の言葉がわからなくて、あめ玉ふくんでいるためにお話しが出来ないわ、ごめんなさいと、逃げ出しただけだったのに…。
“それを少年は私がおしであると勘ちがいをしたなんて…。”

環はすっかり言葉を失っていた。
何か話したくても口許がカラカラと空まわりをするばかりで、それこそ本物のおしになってしまった思いだった。
「彼等にとってみれば日本人でいらっしゃるあなたも外人ですからね、お気の毒な外人さんにたかってしまった自分が許せなかったんでしょうね。それでジプシーをやめると言って…。 あなた、あの少年にいいことをなすったんですわ」
環は彼女の話の内容にすっかり面喰らっていた。それでも彼女はとうとうと言葉を続けて
「私、このジプシー少年の話に感動しました。私の息子のミッシェルと同年位の少年ですもの、抱きしめてあげたい程の感動でした。私の話が終る頃ミッシェルの目が燦燦と輝いていました。実は―、彼……ある日、突然に口を開かなくなってしまったのです。まるで貝のように…。その上無表情で―。でも私が一日の仕事を終えて帰って、その日の出来ごとの一部始終を話して聞かせるのです。この時間をとてもよろこんで耳を傾けてくれるのです。そしてその感想を一つ一つこうしてノートに描いてくれます。それがいつも点と線のような形だけで―。でも私にはその表現で彼の言いたいこと、感じていること。そして訴えたいことがすべて手に取るようにわかるのです。親の欲目かもしれませんね。でも私の息子ですもの、人さまに例えどのように思われようとせめて私だけでも彼の味方でいてやりたいのです。変ですか?」
「変なことありません。本当にすばらしいお子さんですわ。彼の目許を見ればわかります。ブックの上であんなにキラキラと輝いているのですもの。」
環は力をこめて言葉を返していた。
一息おくと又、彼女はとくとくと言葉を続けるのだった。
「ミッシェルは昨日のあなたと少年の話を私から聞いたとき、異様な変化を示したのです。こんなこと始めてです。彼の筆先は大変な心の動きを示していました。私は釘づけにされていました。」
ここまで言うと彼女は深いため息をついてうつむいた。彼女の黒い瞳に大粒なものが溜り、それが二、三本続いて頬を伝って落ちた。
「実はこの子――重度の自閉症なんです。私が大学生のとき、イギリス人の留学生と恋に陥ち、出来た子がこの子なのです。間もなくイギリスに帰る必要に迫られた彼の後を追うため、この子を一時、私の両親にあずけました。イギリスに渡って来ても、やはり彼との結婚は許されず、やっとの思いでこの子をひき取った時、もうこの有様でした。」
どうしてこんなことになってしまったのか、誰にもわかりません。もとはと言えば、やはり私の責任なのです。余程淋しかったのだと思います。だから今この子に私がしてやれることは私がガイドとして一日働いて帰る、そしてその日の出来ごと、あったこと全てを家で待つこの子に話して聞かせることだけですわ。
すると彼はノートの上に点と線で、私の話しに対する感想を描いてくれます。
ところがあなたと、ジプシー少年のことを聞かせた時のミッシェルの動揺──。
これこそが、この子を自閉症にさせたことに関連があるように思えてならないのです。
無表情のようですがあなたに会えて、心の中では非常に喜んでいることを、ノートの上で表現しております。お元気で、いい旅を続けて下さい。」
環はじっと目を閉じ、うつむいて聞いていた。
環の頬に伝う冷たいものが、だんだんと嗚咽に変わっていった。
「私こそいい出合いを・・・・・・」
ありがとう、という言葉をつまらせ、顔をあげた時だった。
目の前にいるべく、ミッシェル母子の姿は、もうどこにも見当たらなかった。
環は涙でグシャグシャにした顔を引きずって尋ね尋ねルーブル美術館に着いた時には、突然降り出して来た強風混じりの雨にたたられ、全身ずぶ濡れになっていた。

乙女の香りを漂わせ、彷彿とさせるシャンゼリゼの繁華街と共に闊歩し、コンコルド広場の高く聳えるようなオペリスクや彫刻マルリーの馬の雄々しさ・・・・・・。
ゆかり深いこの広場の近辺では余り見かけもしなかった日本人を、このルーブル美術館に着いた途端、右往左往する彼等を見てホット安心したのか、その場で環はヘナヘナと座りこんでしまっていた。巨匠達が苦汁を嘗めるようにして創りあげた数々の名画名彫刻の立ち並ぶ前で息を凝らして佇む人達の波に混って・・・・・・、環はロダン“考える人”の前で、ただ茫然とその像を見上げて立ちすくんでいた。
この静かな名像に息づくロダンの思慮深い心の中で今、別れてきたばかりのミッシェル母子の姿が一体となって重なるのを見たような気がした。
時の経つのも忘れて立ちすくむ環の足許から、沸々と熱いものがこみあげてたちのぼり、ロダンが神体となったような瞬間は・・・・・・錯覚だったのだろうか。
我にかえると、ミッシェル母子の声が・・・・・・。
「ジュ スイ アンシャンテ ドウ フェール ボオトルコネサンス」
(あなたにお会い出来て、嬉しいです。)
「ボン・ボワィヤージュ」
(お元気で)

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