[ 潤子先生の小説・エッセイ ]
『ああ、夜風よ ―銭湯通いにはまった私―』
『ああ、夜風よ ―銭湯通いにはまった私―』
私の「こころの日曜日」虹色の小さな物語 発行:株式会社 法研
「ああ、疲れたァ」この一言が私の口から飛び出すのが、午後九時ジャスト。それから家に帰って主人と二人の食事の仕度、それをあたふたとすませて最低必要なことを終えると、午前零時をとっくに過ぎている。こんな毎日を送っている私は小さな塾の経営者。唯一日曜日だけは仕事から解放されるが、これがまた家庭の主婦ともなると、常々できないことが山ほどあって、折角の休みも体はフル回転……そのうえ、近所に住む孫の面倒も、となるともうお手あげだ。心から休みたい休日のほうが平日よりもっと疲れてしまう結果となる。そんなある日、近くの銭湯へ行ってみないかと主人から誘われた。ところが私の銭湯嫌いは学生のころからである。しぶる私をみて、「今どきの銭湯はとてもモダンでストレス解消にはベターな方法なんだって」と言う。
キリキリ舞いの生活に明け暮れる私の身を案じて誘ってくれる主人の好意を無にするわけにもいかず、ゆううつな表情で銭湯行きとなった。日曜日の夜とあって洗い場のないほどの混雑ぶりに“今どき銭湯なんて……”と、たかをくくっていた自分のほうが時代遅れだったのかもしれない。学生時代、洗い桶に石けん箱をカタカタ鳴らせて通ったころの銭湯とはまるで変わっていた。電気湯あり水風呂あり、バイブ湯ありサウナあり。広々した湯につかってみて、初めて自宅風呂で満足しきっていた自分が滑稽にさえ思えた。……が、「まてよ、ゆったりしていて確かに気分はいい。でも……車に乗ってやって来て、そのうえ、決して安くない入泉料を払ってまで……。やっぱり私は銭湯むきじゃないわ」
心の中でにくらしい一言をつぶやきながら、それでもフロアーで私を待っていてくれた主人に苦虫つぶしたような顔も見せられず、つくり笑顔で浴場から外に出た。
「うわぁ〜」すっとんきょんな私の声におどろいたのは主人である。
「何か風呂場に忘れ物でもしてきたのかい?」
主人の心配声もどこ吹く風。私は手に持っていたタオルを放り投げ、夜空に向かって深呼吸。お湯と熱気で今にも爆発しそうな五体がパーッと外気に触れたその瞬間のこの心地良さ。思わず「うわぁ〜」と歓声を発してしまったのだった。今まで何ヶ月、何年、何十年もためこんだストレスが、一度に吹っ飛んでしまった。世の中にこんなにすばらしいストレス解消法があったのかと改めて思い知らされて有頂天になってしまった。
それ以後、この瞬間が味わいたくて日曜日は銭湯おばさんになっている。照れくさいから、息子たちに知れぬよう、こっそりと出かけよう。私の心の日曜日に乾杯するために……。
「ああ、疲れたァ」この一言が私の口から飛び出すのが、午後九時ジャスト。それから家に帰って主人と二人の食事の仕度、それをあたふたとすませて最低必要なことを終えると、午前零時をとっくに過ぎている。こんな毎日を送っている私は小さな塾の経営者。唯一日曜日だけは仕事から解放されるが、これがまた家庭の主婦ともなると、常々できないことが山ほどあって、折角の休みも体はフル回転……そのうえ、近所に住む孫の面倒も、となるともうお手あげだ。心から休みたい休日のほうが平日よりもっと疲れてしまう結果となる。そんなある日、近くの銭湯へ行ってみないかと主人から誘われた。ところが私の銭湯嫌いは学生のころからである。しぶる私をみて、「今どきの銭湯はとてもモダンでストレス解消にはベターな方法なんだって」と言う。
キリキリ舞いの生活に明け暮れる私の身を案じて誘ってくれる主人の好意を無にするわけにもいかず、ゆううつな表情で銭湯行きとなった。日曜日の夜とあって洗い場のないほどの混雑ぶりに“今どき銭湯なんて……”と、たかをくくっていた自分のほうが時代遅れだったのかもしれない。学生時代、洗い桶に石けん箱をカタカタ鳴らせて通ったころの銭湯とはまるで変わっていた。電気湯あり水風呂あり、バイブ湯ありサウナあり。広々した湯につかってみて、初めて自宅風呂で満足しきっていた自分が滑稽にさえ思えた。……が、「まてよ、ゆったりしていて確かに気分はいい。でも……車に乗ってやって来て、そのうえ、決して安くない入泉料を払ってまで……。やっぱり私は銭湯むきじゃないわ」
心の中でにくらしい一言をつぶやきながら、それでもフロアーで私を待っていてくれた主人に苦虫つぶしたような顔も見せられず、つくり笑顔で浴場から外に出た。
「うわぁ〜」すっとんきょんな私の声におどろいたのは主人である。
「何か風呂場に忘れ物でもしてきたのかい?」
主人の心配声もどこ吹く風。私は手に持っていたタオルを放り投げ、夜空に向かって深呼吸。お湯と熱気で今にも爆発しそうな五体がパーッと外気に触れたその瞬間のこの心地良さ。思わず「うわぁ〜」と歓声を発してしまったのだった。今まで何ヶ月、何年、何十年もためこんだストレスが、一度に吹っ飛んでしまった。世の中にこんなにすばらしいストレス解消法があったのかと改めて思い知らされて有頂天になってしまった。
それ以後、この瞬間が味わいたくて日曜日は銭湯おばさんになっている。照れくさいから、息子たちに知れぬよう、こっそりと出かけよう。私の心の日曜日に乾杯するために……。
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